written by you sakana.
香川県宇多津町は、瀬戸大橋の袂(たもと)に位置する香川県で一番小さな町です。
古代から港町として発展し、現代でも「古街(こまち / co-machi)」と呼ばれるエリアには多くの町家や寺社が残っています。2024年7月30日、うたづの町家とおひなさん実行委員会 町家部会さんの企画で、宇多津の古街の町家を見学させていただきました。見学させていただいた町家はこちら。ご協力いただいたみなさま、ありがとうございました。
- 前川家(まえかわけ / 三角邸と一体だった町家)
- 久住家(くすみけ / 町家の中でも大型の商家)
- 塩田家(しおたけ / 奥に続く廊下のように長い土間が残っている町家)
- 古街の家(こまちのいえ / 泊まることのできる古街の家)
今回は、歴史のある町、宇多津でいまも暮らし住み継がれている主にこの3つの町家を訪れたので、ご紹介したいと思います。
こちらは、三角邸。元肥料商の接客棟です。敷地南に入母屋造2階建の東西棟、東に入母屋造銅板葺の玄関、北に入母屋造平屋建の南北棟の座敷棟が建っています。内外とも丁寧な造作の接客空間が残る建物です。国の登録有形文化財(建造物)文化庁
この辺り一帯は高松藩の米の藩蔵や、綿(わた)、砂糖の会所があり、讃岐三白の集積地でした。現在の地名「倉の前」と「三角屋根」の景観に因んで「倉の館三角邸」と名付けられました。
この敷地内にある建物は、肥料販売業で財を成した(故)堺芳太郎氏が昭和初期に接客用のお座敷として建造したものです。
純和風の一階は書院造の風格ある大広間を備え、雪見障子しつらえのお茶室もあります。二階の二つの和室にも、随所に趣向が凝らされており、総じて、贅を尽くした高価な建築材料、粋を集めた建具、調度品など目を見張るばかりです。
狭小ながらも坪の内の石組み、飛び石、灯籠、蹲(つくばい)には、日本庭園の風情が伺えます。また、建物の一隅を占める避雷針の付いた「とんがり屋根」の洋館はハイカラなステンドグラスの窓に一新され、大正ロマンを彷彿(ほうふつ)させる構えとなっています。
一階は書斎兼応接室、二階は子どもの勉強部屋とも言われ、螺旋(らせん)階段がありました。外観は「和と洋」の程よい和合を醸し、屋敷全体を囲む高い塀、閂(かんぬき)の掛かった重厚な門は、当時の堺邸の豊かさを象徴しています。
旧尋常小学校の子どもたちには「三角屋根の家」と呼ばれ、格好のお絵描きの対象となりました。1996年(平成8年)に宇多津町が購入して改修保存し、現在は文化研修の場として活用されています。(宇多津町)
宇多津の古街(こまち)エリアは、路地裏散策も楽しい。
<久住家(くすみけ)>
主屋:桁行6間半、梁間6間 / 木造2階建て、入母屋造、本瓦葺
築年:明治20年(課税台帳)
<塩田家>
<古街の家>
最後は古街の家に戻ってきて、改めて建物のつくりなどを見学させていただきました。
参考:宇多津 古街の家 -町家宿泊- – 宇多津の歴史と今に浸る滞在を、 「古街の家」で。
町家とは
城下町、宿場町、港町などにおいて軒を接して並ぶ、商人、職人などの住居併設型の店舗を指します。通りに面して間口が狭く、奥行が長い短冊形の敷地をもち、主屋(おもや)を道沿いに構える建物。主屋は地域によって桁面を正面にする「平入」(ひらいり)と妻面を正面にする「妻入」(つまいり)とがあります。宇多津では、平入が一般的。屋根は本瓦葺きで、間取りは一列片側土間・通り庭(通路)を設け、これに面して、オモテからミセノマ、ナカノマ、奥の間、庭、ウラには台所などの水回りを配している。オモテの公的な空間とウラのプライベートな空間を土間を通じて行き来ができる。オモテとウラとの間には中庭が設けられ、明りとりや温湿度を調整し、温度差を利用して風が通る仕組みになっている。
奥には、蔵や土蔵を設けて、防災、盗難よけにしています。二階は中二階で、海鼠(ナマコ)壁、塗り格子をつけた虫籠窓(むしこまど)が見られ、卯建(うだつ、火災除け)を設けている家もある。外と屋内との間に連子窓・格子窓が設けられ、凝った持ち送りが設けられている。通りを歩く人や自然の気配を感じながら、層が重なり、プライバシーも守られる空間構成となっています。
宇多津の町並み
町家が約百軒ほどが数えられ、明治時代から大正時代のものが大半です。天保年間(1831年〜1845年)のものも現存しています。切妻づくりで通りに面しては平入方向に並んでいます。角地には入母屋造りが配されています。道に接して塀を立てて庭を設ける前庭があるのが、宇多津の特徴で、町家のサイズも比較的大きいです。